田澤八甲展 |No-1|No-2|No-3|No-4|
あかね画廊での個展
田澤 八甲 展
2003年3月17日(月)〜3月23日(日) 11:00am〜6:30pm   最終日5:00pm迄
1889 父 如水、 母 かねの第八子として、8月 現 青森市に生まれる。
1914 通信省北部通信生養成所に入る、 11月卒業。
1921 葵橋洋画研究所に入り牧野虎雄、黒田清輝に師事。
1928 第9回帝展に初入選、以後15回迄毎回出品、入選する。
1935 牧野虎雄達と共に帝展を去り、旺玄社、旺玄会、新世紀美術協会、新協美術協会の各委員を歴任する。
1958 8月脳出血で失語症となったが次第に回復する。
1959 佐々木利挙氏と銀座村松画廊で二人展。
1961 郵政省技官を退職し、各地の写生旅行に励む。
1963 目白のスギヤマ画廊で個展。
1970 南大泉の自宅で心臓衰弱により逝去、行年71才。
昨年9月の青森展に準じた内容で、東京展を行います。展覧会を行うたびに、新たに作品が
確認され、本当にうれしいです。ささやかな八甲の小冊子も作りましたので
そちらも併せてご覧いただければ幸いです。こ来廊お待ちしております。   あかね画廊 内田眞樹
■あかね画廊企画 青森地方展■
2001年5月21日(月)〜5月25日(金)五拾壹番館ギャラリー
2002年9月26日(月)〜10月1日(金)
五拾壹番館ギャラリー


山の子供 F20
絵の好きな人なら必ず、心にしみて愛着してやまない作品があろう。単純明快、無味な分析は要らない。田沢八甲のこの、「山の子供」、という作品は、私にとってはそういう作品の一つである。

35年前の画廊開設まもない頃、上野の秋の新協美術展でみつけた作品である。幼くして逝った我が娘への想いもあったろう。閉展を待たずして南大泉の田沢家を訪れ、手放したがらなかったこの作品をやっと手に入れたのである。淋しさの余りにこの作品を描いたということだった。この幼い少女は遠く何をみつめているのだろうか。

私が田沢八甲を知ったのは晩年の昭和42年の秋頃だったが、まもなく45年9月に逝去されている。私の中の田沢八甲という画家は、この作品を通じての八甲であって、それ以外の何ものでもない。

画廊主 内田 悦夫
(1993年1月11日〜23日あかね画廊での遺作展、案内状より)


花と子供 F20

今回、多数の関係者のご協力により、田沢八甲
の出生地である青森市で展覧会を開く事になりました。八甲は、中央での活躍の割には知名度もあまり高くなく、その作品も小品はともかく、大作は確認できるものが数点という状態なので今回の展覧会を契機に青森やその周辺にねむっているであろう作品がひとつでも多く出て来てくれれば幸いです。
少女像を中心に10数点出品いたします。ご高覧お待ちしております。


あかね画廊
内田 眞樹

(2001年5月21日〜25日青森展の案内状より)

姉妹 F20

眞李子の像 F4

童女 F20

窓下童女 F4
 

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あかね画廊